約束ノート(230):20130223
今日接した人の言動から気づいた「その人のいいところ」
今日のいいところ:抵抗なく旅行に行けること
今日明日と、私のだんなを含めたWebSigのモデレーターたちは伊豆に合宿に行っています。私は不参加なのですが、彼らの様子をネット上で見ていると、思い思いに旅行を楽しんでいる感じが伝わってきます。
私はもともと、旅行は嫌いではないですがあまり得意ではないです(あ、今回はすごく行きたかったのですが、都合が合わず泣く泣く断念しました)。家族旅行と修学旅行以外で誰かと旅行に行ったのは、一生で多分両手で数えられるくらいだと思います。
小さい時から「自分の日常生活は人と異なるのではないか」という疑問を持っていて、それを他人に見られるのを極端に嫌うところがありました。たとえば歯磨きとかお風呂とかを人に見られたくないんです。だから今まで一緒に旅行に行った相手は、私の人生に大きく影響のあるレベルで接点のある人ばかりです。
この感覚がなんかこの数年変わってきた気がします。なんかあんまり気にしなくなったというか。
今は別に、行こうと思えば誰とでも旅行に行けそうな気がします。
なんなんだろう、この変化。謎です。おばちゃん化したんでしょうか?(笑)
インターネットに関する気になるニュースやできごと
「働くこと」と「人と交流すること」は別
うーん、言っていることの趣旨はわかる。働くこと=人と顔を合わせることではないし。
「人と交流するために働く」というのは確かにちょっと違うかもしれないと思いますが、「働くために人と交流すること」は必須だと思います。人と交流するスキルがなければ働けないと思います。
なんできっぱり言い切れるかというと、私は小さい時、人と交流するスキルがまったくなかったからです。まったく話ができず、人と顔を合わせることもできず、担任の先生にすごく心配されていました。人と話せない、人を見られないということは、本当になんにも行動ができないに等しいです。
がまんしてがまんしてがまんして、学校に行っていたのです。
一人でいられるのも、誰かと交流をした結果です。
誰とも交流をしないで生きるのは無理です。
人と交流ができない、と一般の人が考えるレベルってたぶん、最低限の交流はちゃんとできてるんです。私が「できなかった」レベルとぜんぜん違うんだと思う。
お店にも行けない、お金も払えないというレベルだったんですから。そういうのも「交流」なんです。
私は一歩間違えたらほんとうにひきこもりになっていたんだろうなーと、今でもちょっと怖くなります。ものすごくラッキーな人生を歩んできたんだなと感じています。
身の回りの道具をひとつ選んで考察
- 今回選んだ道具:スニーカー
- なぜ使う?:主にラフな服装のときとか、運動などをするときに足に履くため
- 便利なところ:動きやすさ、履きやすさ、かっこよさ、みんな兼ね備えててよいですね。
考察
ずーっとスニーカーがほしい、と思っています。靴屋さんに行くといつも探しています。
でも、どうしても心ひかれるものが見つかりません。いいものがあったとしてもサイズが合わないことが割と多いです。以前も書いたことがありますが、私は靴のサイズが24.5cmで、「大きいサイズ」と「普通のサイズ」の中間のサイズのため、どちらにもあまり在庫がありません。24cmでは入らず、25cmでは大きすぎる。たった5mmで結構大きな違いがあります。
加えて、私の最近の服装がどちらかというとパンプスに合うような方向のものが多いので、あまりスニーカーを履くシーンがないということもあります。そういう服装でも履けるスニーカーがほしいんだよなー(って無茶ですかね)。あまりジーパンをはかないし、(外では)運動もしないということもスニーカーがいらないひとつの理由なのかも。
うーん、難しい。けどほしいなあー。